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神戸地方裁判所竜野支部 昭和35年(ワ)26号 判決

原告 立正信用組合

理由

当裁判所は、左記の理由により、原告の本訴請求が失当であると考える。

証拠によれば、訴外三木朝雄は、「約束手形」と題し、「金額・金五〇〇、〇〇〇円、満期・昭和三四年一月四日・支払地・(兵庫県)宍栗郡山崎町・受取人・原告、振出日・昭和三三年一二月一〇日、振出地・同町」と表示され、かつ、「右金員は昭和三二年六月二四日貴組合へ差入れている約定書に基く借用金であるから期日には此の手形と引換に貴組合又は貴組合の指図人に支払致します」との文言が記載された証券一通に、作成名義人(振出人)として署名し、これを原告に交付したことが認められる。

原告の本訴請求は、被告らの先代たる訴外亡川端政市が、別途契約により、右証券表示の金員にかかる主債務者たるべき三木朝雄の原告に対する債務を保証したことを原因として、その保証債務の履行を求めるものに外ならない。

しかしながら、前記の証券は、その記載自体に徴し、約束手形たるの効力を否定すべきものである。

第一に、本件証券の記載内容は、前述のとおりであり、ひつきよう、右証券表示の一定の金額は、振出人、受取人間の取引約定に基く貸金であるから、これを支払うことを約束するというに帰着する。しかるに、手形法第七五条第二号によれば、約束手形には、「一定ノ金額ヲ支払フベキ旨ノ単純ナル約束」を記載すべきであり、いうところの「単純」とは、支払約束の効力を手形外の事実にかからしめぬことを意味する。それ故、約束手形には、原因関係を記載することを必要とせず、かえつて、本件の証券のように、手形金の支払を金銭貸借という原因関係にかからせるところの記載を有するものは、約束手形たるの効力を有しないものである。

第二に、本件の証券には、前述のとおり、その本文中に、「この手形と引換に」一定の金額を支うべき旨記載されているけれども、「約束手形」たることを示す文字は、これを認めるを得ず、この文字は、標題として記載されているにすぎない。しかし、手形法第七五条第一号によれば、約束手形には、「証券ノ文言中ニ其ノ証券ノ作成ニ用フル語ヲ以テ記載スル約束手形ナルコトヲ示ス文字」を記載すべきであり、いうところの「証券ノ文書中ニ」とは、異説もあるが、「証券の本文自体の中に」との趣旨に解するのが相当である。それ故、本件の証券のように、本文中に「手形」と記載されているにすぎないものは、約束手形としての効力を否定すべきであり、標題の「約束手形」の文字をもつて、本文中の「手形」の意味を補充解釈することにより、その効力を肯認することも、許されないであろう。

かような次第で、訴外三木朝雄が原告に対しその主張の約束手形金債務を負担していることは、まず、これを否定せざるを得ない。

もつとも、甲第一号証(その成立については、争があるが、しばらくおく。)は、その記載自体に徴し、原告が、原告、訴外三木朝雄間の融資取引契約書と同取引に基く債務に関する保証契約書とを兼ねた書面と主張するものに該当すると考えられるところ、はたして、右保証契約が関係人間において真実になされたかどうか、また、その契約自体に被告らが主張するところの無効事由があるかどうかは、ともかくとして、同書面には、「本契約の債務金は本約定による借用金である旨を明記した債務者本人の振出す約束手形の金員とする。」と記載してあり、その趣旨は、約束手形授受の原因関係をなすところの金銭消費貸借(準消費貸借をも含む。)も、取引契約の対象である関係上、保証人らにおいて、該消費貸借上の債務についても保証をなす旨を約したものであると解し得ないではない。しかしながら、前記約束手形としては無効と認むべき証券の授受に当り、現実にこれが原因関係をなすところの金銭消費貸借が、原告と主債務者たるべき三木朝雄との間に成立した事実は、被告においてこれを否認するにもかかわらず、原告においては、独自の見解に基き、明らかにこれを主張するところがなく、また、その立証も存しないのである。それ故、三木朝雄が、右証券記載の金額につき借受金としての債務を原告に負担しているとも、解するに由がない。

以上要するに、訴外三木朝雄は、原告に対し、前示証券に記載された金員の支払義務を負担するものと認めるを得ず、したがつて、同訴外人の右債務が存在することを前提とし、これを主債務として、被告らに保証人としての責任を問う原告の本訴請求は、その余の争点に対する判断をまつまでもなく、理由がないものである。

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